名グローブ!!

いいよ!こいよ!鼻にかけて鼻に!(天狗)

前の会社を思い出して書くもろもろ

前の会社について書いてみる。

振り返ってみて、前の会社はブラックだったのか?と自分に問うてみる。

正直、自分の中でもまとまってはいない。いろいろと違う分野の人々の話を見聞きするに、ドブラックだったかというとそうは言えないんじゃないかと思ってしまうんだよな。俺が洗脳されている可能性ももちろんあるんだけど。

こりゃおかしいだろと思う点はいろいろあったし、でもそれは社員個々人によって解決を目指すべき課題だったのかもと思わなくもないんだ。(これも洗脳かもしれないが)

前会社の社長を振り返るに、気力体力その他もろもろの能力は一線級だったんだよな。ただそれ故に全てに目を通そうとするワンマンさを、相当な歳になっても続けてしまって、やり切れなかった部分から破綻していったというか。そもそもにおいて、そういう社長のワンマンさ、社長単独の戦闘力のみで成り立っていた会社だったのかもしれない。社長に頼りきりだったというか。社長が周りに任せるということができないままに時間が過ぎていき、いろいろな機能を移管できずに機能不全に陥っている感はあった。

法的なことはさておいた昭和的な精神論寄り慣習(始業前や昼休みの、賃金が発生しない掃除など)が随所に散りばめられてはいたけれど、中小規模の企業を運営する上では割と有用なやり口だったのかなとうっすら思う。そりゃあもちろん理屈の上では正当な方法ではない。その分の金は出せよ、出さねえならやらすなよ、とその当時は嫌になるほど思っていたし。

始業1時間半前に来て社内の机を拭くという行為を一年間やるんですよ、と言われた際の面食らいぶりが分かるでしょうか。入社前に0.1mlほど匂わされた気もするんですが、明確に言われたのは入社後でした。いろいろと「それをやる意義」的な小理屈を教えられたり、なんとか自分で考えてみたりはしたんですが、それにしたって1年もやることかよ、というのが俺の感想ですね。自分はまだ会社近くに住んでいたからよい(?)ものの、やや遠方から通勤する人々については相当な早起きと準備を強制されるわけです。1年も。毎日休みなく。もちろん前業だの残業だの給与に何かが足されることはないわけで。1年後に1万円ほどの商品券が渡されて飲み会的なものが行われて終わりとなります。おかしいだろお前、どういう了見でこんな修行僧みたいなクソ行為がまかり通ってるんだよ、誰がよしとしたんだよ、アホかよ、ぶっ殺すぞ、とその当時は机を拭きながら思っていましたね。新人が既存社員とまんべんなく接点を持つという意味では有用だったのかもしれません。でも1年もやる意味ってなんですかね。せいぜい半年でも十分なんじゃないですかね(これはやや洗脳入ってる意見の可能性があります)。うーん、有用だったんじゃないかと振り返りましたがやっぱりクソでした。この風習ばかりは消し去ってやろうといろいろ画策・行動はしたんですが、結局今も続いているようです。やめた方がよくないすか、という俺の進言を真っ向から潰しにかかった人事のアラフォーちゃんねー(もう退職済み)に対する苛立ち・ムカつきは今もマサカリ振り上げて静かに煮えたぎっているわけですが、どうでしょうかね。今はもう別の会社で、もしくは伴侶を見つけて幸せにやってるんでしょうかね。またどこかでお会いした時にはオブラートでしっかり包んだマサカリでやんわりとチクチクしたい気持ちがありますが、たぶん会うことはないでしょう。

思いのほか、というかやっぱり、この件についてはまだ消化不良感があって静かに煮えたぎるものがまだ幾何か残っており、いろいろと書いてしまうのですが。始業前に何かやらすような会社、やらすわりに対価は別に何もない会社については見つけるたびにぶん殴っていきたいと思っています。(一番は、そういうとこに出くわさない、近づかずに済むのがいいんですけど)

さておき、前の会社の根本的なところを振り返る。

現場的にはいつまでも同じような問題がグルグルと残り続けていたし、改善しようにも上のワンマンさで跳ね返されるパターンや、そもそも自転車操業的な仕事のぶち込まれ方が延々と続いていて、さんざん痛い目に合わされてきた問題類を解決できないまま、また同じように繰り返すという、同じ轍を何遍も踏み続ける企業体質が改めようもなく存在していた。

一番疲弊したのはそういう地獄の堂々巡りが終わりも見えずに延々続くという点だったかもしれない。

とりあえず今書くのはこれくらいにしとくか。また書きたくなったら書くかもしれない。

失われし初心

さんざん使い倒してきたシューコラより最近になってちゃんと使い出したリッターの方が成績よさげで嬉しいようななんというか。

スプラの4コマ本読んでますがもう自分が失って久しい温かい話が多くてスプラトゥーンってこういうゲームだったよなあと思うのです。高橋きの先生の4コマはキレがあって面白いです。

お題「一気読みした本」、だって

お題「一気読みした本」

戯言シリーズは途中まではほぼ一気だったなあ。けっきょくネコソギラジカルの上巻あたりで止まってしまったから、シリーズとしては一気じゃないしむしろ自分の中では完結できてないんだけど。ハリポタあたりも割と止めずに読んでたなあ。一時期ジャンル問わず何でも読もうと雑食を心掛けていろいろ読んでたけどあの頃が一番本読んでたかもしれない。漫画は基本いっきに読みますが、微妙な面白さだとちょくちょく止まります。でもどんなにかかっても二日くらいでは読みます。漫画は読みやすいからね。新書とか集中して読んでも数日かかるだろうし、文字ベースではそうもいかない。やっぱり絵の力はすごい。状況が一目でわかるパワーというのは底知れないですね。

漫画の帯に対するこだわり

昨日は日記を書き忘れました。漫画買ったりエロマンガ先生買ったりしました。

最近の漫画は帯がない方がおかしいというくらいに帯だらけになりましたね。

自分は帯はどちらかというと取っておくほうです。表紙と1ページ目の間に挟んでおく系です。ただ、基本的にはアニメ化宣伝帯とかはあまり残さず、その巻専用に作られてるような帯を保管しておく感じです。他にも挟まってる別の漫画宣伝の冊子類はあまり残さず捨ててしまっております。ここらへんの何を残して何を捨てるかは各読み手ごとにいろいろこだわりがあるのではないでしょうか。

漫画を収めるスペースが足りていないので何とかしたいですね。

週刊少年エロマンガ

エロマンガ先生の1巻を読み終えました。2巻も読むと思います。

ハンタも買いたいです。

追憶のセーラー戦士

お題「誰にも信じてもらえない体験」

体験というかもう記憶ですらないような薄ぼんやりとした印象として覚えていることがある。もしかすると昔見た夢の内容を現実として勘違いしてるだけなのかもしれない。でもやっぱり現実なんだろうけども。なんかセーラーウラヌスセーラーネプチューンを足して割ったような人が家にお客さんか何かとしてやってきて一緒にスーファミパズルゲームをしたような記憶がある。実際にセーラー戦士なわけはないんだけど、なんかそういう印象の人だったという記憶がこびりついているんだよな。どういう印象の持ち方だよ。もう昔も昔過ぎて、誰だったかなんて分かることもないんだろうけども、時々ふと思い出すんだよな。個人的にはよくある、「ずっと昔の事なのに時々思い出されるタイプの記憶」の一つだ。心に引っかかり続けて、時折はためく記憶の旗だ。細部も事実ももう分からずにぼんやりとした印象だけが何故か褪せずに残っていて、心象として俺を形作る一部になっている。

それはともかくエロマンガ先生の2期待ってます。

ハンタは面白い(自明の理)

ハンターハンターは何度読み返しても面白いな。と、34巻に備えて33巻を読み返して思う。一巻から読み返したら止まらなくなりそうだな。こわい。